ステンドグラスの窓なら璃房へ 東京から日本全国対応いたします
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今年のはじめに。
あけましておめでとうございます。(遅くなりました)
火曜が教室初日でした。大きい方のルーターが壊れました。
我が家では、子供をバス停の椅子に座らせ、隣に座った妻の位置には椅子がなかった。っとチビに暴露されていました。
地面も重かったことでしょう。
さて私は今年の目標をたてました。禅の本に刺激を受け凛々しく生きます。
その本は『食えなんだら食うな』
病は死ねば直る。
ガキはなんぼでも叩け。
家事をしない女は叩き出せ!
ちょっとウケた。
実は読んでいなくて年末のラジオで紹介していました。
まじめな良書らしい。
さて璃房も今年で25年。
自分の中で小さな変化が芽生えはじめてるような気がします。
無理そうなこと、利益がでなそうなことでも、シンプルにやりたいことをやっていく。
作りたいステンドグラスを作っていきたい。
そんな1年にしたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。
岩手の旅
昨年亡くなられた新田コージさんの作品展があり、岩手県の北上市へ。
廃品回収業で集めた廃材を使い、味のある作品を作ります。人も味があります。
そこから花巻市の『おいものせなかカフェ』新田さんの奥様のお店です。
どこが入口?フェアトレードの品物と体に良さそうな物を販売しています。
ノスタルジックなカフェ。
チビもバナナジュースを一気飲みしていました。奥様にお会いできてよかった。
一目見ていい感じが伝わりました。チビもここを気に入りまた行きたい〜って。
その日は大船渡の魚がおいしい民宿へ。朝陽が綺麗でした。(夕陽じゃないよ)
東山魁夷の道みたい。最近では合田誠の女子高生の頭からの畦道かな?
朝の2時から昆布漁のお仕事。普段は植木屋さん人もいるみたい。(宿の前です)
お仕事の邪魔をしている母子。前には農作業中の人に混じりいも堀していたことも。
とても親切な漁師さんで昆布をもらってきました。
1泊目は大船渡の『海さんぽ』という民宿に泊まりました。
祖父の代からの民宿は2階の屋根高さまでの津波で流され。流されずボイラー室に残っていた「ごいし荘」と胸に書いてある法被を、たまたま今日は着ていてそんな話ができてよかったと、オーナーらしき人。
「よく、再建されましたね」と言うか迷って言わなかった。何も知らず軽々しく言っても・・でも言われたら救われる気もするのかな?言う立場でもないし。いろいろ考えて行動に移せないタイプ。
大船渡から陸前高田に。巨大な防波堤。落ちるなよ。
防波堤はまだまだ建設中。
震災から7年経ったけど海側はまだまだ。
猛暑の中の猊鼻渓。日本中が猛暑の2日間を岩手で。北上も34度予想。
幽玄洞はチビが恐がり10分で退出。
最終日は平泉。金色堂、写真はNGなので木の根っこ。
新宿で疲れているチビ。
ざっとの紹介でした。花巻までいって宮沢賢治関係はいけなかったこと、海沿いの電車に乗りたかったなど心残りもありますが。いろんな話が聞けました。人に出会う旅って心に残ります。
Vision&WorkHard
今日は私の誕生日!!
土曜にはケーキをいただきました。
ありがとうね。
今日はワインと最近こだわりだしたカレーのスパイスなど。
ご飯を持って来るのでカレーを作って来るように言われました。(完成品くれ〜)
でもありがとうね。
日曜の新聞でノーベル賞受賞者の話があり、山中伸弥さんが留学先で所長に言われた言葉が心に留まる。「Vision&WorkHard」しっかりとしたビジョンを持って一生懸命努力すれば、間違いなく成功できる。という単純な教え。と書いてあった。
単純か〜でも続けることは難しい。
誕生日には気持ちを落ち着かせてビジョンを再確認するにはいい。
自分に必要なことだったのかも。
10年前のブログには。変わっていくもの、変えていかなければいけないこと、変えるための種を蒔こう、そんなことが書いてあった。
写真は隣にあった原宿団地、長い時が作り出した趣のある建物だった。
人生100年なら焦らず種を蒔きましょう、長い時間をかけて作られるものもある。
今日は大きな仕事がキャンセルされ、それはがっかりなことなのだけれど、
少し欲張っていたり、自分のイメージと離れたことにざわついたり。
これで取れたら「こんなもんかと」雑になったり図に乗ったり、ためにならなかったのでは。
キャンセルも悪いことばかりではないのでしょう。
「大きな結果を求めずに、1つ1つ、こつこつと、オリジナル作品の質を上げろ」
っともう1人の自分が言っています。
「明日も1日遅れのケーキがもらえるかな?」いつのも自分が言っています。
まじめなことを書き過ぎて、バランスとってふざけてみる。
こんな52歳の始まりです。
こんな始まり。
明けましておめでとうございます。
昨日はウィーンフィルのニューイヤーコンサートを見ながら年賀状書き(今頃かいっ!)
今日はこれから妻子を迎えに東京駅へ、っと思った瞬間妻から電話。
『大阪駅でチビとはぐれて予約の乗り遅れた〜」
今年もこんな始まりですか・・・
やりそうなことをするな。(実際は予想外だけど、でもやりそう)
妻を見ていて『生きていくのが大変だろうな』と思うのですが、41年そんな調子で生きて来たので平気みたい。
布石を打ち7割の力で生きて来た私にはとても新鮮です。
そこの石に躓くと分かっていても、一緒にコケましょう。1.5倍かけて生きていきましょう。
それぐらいのハンディがなければライバルがかわいそうだし・・・
こんな調子の始まりです。
今日の初夢はティッシュが目の周りに着いていたことと、マラソンが苦手な私が、靴が脱げそうでもついていけた夢です。そんな年なのかな?ちなみに昨日(1日)は靴下に穴があいていて、見られないように隠してる夢でした。実際にあいているので捨てました。
これから21時過ぎに着く2人の子供達のお迎えです。
今年もよろしくお願いいたします。
スリランカの旅(3)
キャンディから車で5時間、南西部の海岸ゴールへ。
アラビア商人たちの貿易で栄えた街はやがてポルトガル、オランダに支配され砦を作った。
雰囲気がモロッコのエッサウェラに似ていたのは、歴史が似ているからかもしれない。
砦に囲まれた古い街です。
町中には珍しい木が。
ランチに立ち寄った、地元の人お勧めの店。
ラッシーやミントティー
砦の中は西日があたり綺麗でした。
キャンディでお会いしたファーミーの兄嫁さんのご実家もあります。
親族にギャンブル好きな人がいて、賭けに負け取られらた家は廃墟。裕福だったらしいけど。
今回のホテルは旧市街を取り巻く砦の中、アマンホテル。1泊10万円
に入ったけどトイレを借りて出てきて。
有名な建築家ジェフリー・バワが建てたプールと海が一体になってるホテル。
に入ったけどお茶して、写真を取り。
その先です。5日目ヒッカ トラズ シナモン ホテルへ
目の前には海とプール。ベランダはどこのホテルも広いです。(日本基準なので)
ヒッカドゥアからベントタに
ウミガメが産卵する地域です。カメ研究所では1〜3日目の赤ちゃんカメがいました。
3日目は触ることができます。
移動中、津波の話を聞きました。この辺でもスマトラでの地震で津波が押寄せ、電車は大破し1000人なくなったそうです。その日は満月でお休みの日だったらしく、何の情報も無く多くの家族連れが犠牲になりました。
日本が建てた仏像?頭の高さまで津波がきました。
1度水が引いたので、魚を取りに行った多くの子供も犠牲になりました。
フォトギャラリーでは規制のない写真が見れます。妻と見てると、手首に白い紐を巻かれました。
現地の人はあっさりしていて「たくさん魚を捕ったからね〜」バチがあたったぐらいの軽い乗りらしいです。
もちろん、悲しんだだろうし、そう言っているだけかもしれませんが。
最後の宿は河を船で渡ります。
6日目センタラ
部屋の外がプールでした。頭を打った時にはおとなしくなっていたちびももう元気。プール遊びできるね。
1度ホテルを出てファーミーの実家へ。渡る時の夕陽が綺麗でした。
数年前にお坊さんのイスラム系への焼き討ちで犠牲者も出て、村民がファーミーの実家に逃げ込んだ事件もありました。
いろいろ写真を撮りましたが充電切れです。
今夏の旅は,義姉とファーミーの案内があったおかげで充実したものになりました。
姉の友人1人がちびの遊び相手になってくれました。なぜか友人には横柄な態度でした。
移動は同じドライバーが最後まで付き合ってくれ快適でした。
ちょっと贅沢な旅もこれで終わりです。
帰国後3日間お腹をこわし、昨日は夏風邪で40度の熱が出ました。
スリランカの旅(2)
暑いイメージのあるスリランカでも、中央の丘陵地帯の気候は温暖。
その中心、山々に囲まれた盆地キャンディは、北から南下したシンハラ王朝最後の都、イギリスに滅ぼされるまで300年以上続いていた。仏陀の歯を祀る仏歯寺がキャンディ湖のほとりにある。
町中、至る所でトゥクトゥクが走る。
年に1度、仏歯が入った仏舎利が象に乗せられ町中を練り歩く。色とりどりの衣装を身にまとった象たちと、伝統的な音楽と舞踏のグループが壮麗な行列をつくる。
祭りの時はPM5時から11時まで、街の出入りができなくなると聞いた。
(実際は9時過ぎでしたが)
ムチを振り回し爆竹のような火花を散らした後、歩いてきた象に神聖さを感じた。
音楽と踊りが続くのは、いろんな連がでる阿波踊りと似ている気がします。
義姉のパートナー、ファーミー(スリランカ人)も一緒だったので、コネでクィーンズ・ホテルの最前列で見れました。
3、4日目のキャンディには2泊。シナモンシタデルホテル(キャンディ)
泳ぎは苦手な私、ちびに借りた浮き輪でプールサイドのちびを目指すのですが・・・
「パパ遠くなってるよ」えっ本当?足をバタバタさせるたびにさがっていきます。
自分でも笑ってしまいました。「流れがきつかったんだよ」(プールですけど)4歳のわりに大人びたフォローに励まされました。
マハウェリ河沿いの静かなホテルです。落ち着いて本が読めます。
シャワールームですべったちびが角で後頭部を打ち出血しました。鈍い音がしたので心配しましたが、医者ではこれぐらいたいしたことないよ。って感じです。ファーミーも8人兄弟、小さいことにはかまっていれない。
1つ気になったことが、ファーミーが診察前にお金を払ってました。義姉の説明だとそれで順番を飛ばすみたいです。すぐ診てくれました。渡る世間は金しだい、か〜。
仏教が70%あとはキリスト教、ヒンドゥー教、イスラム教が約10%ぐらい。
祭りの街では金属探知器に通される人が、よく見るとより黒い人たちで、過去にテロを起こした民族が検査されているようです。
5日目は海岸にあるゴールに向かいます。
スリランカの旅
1週間の旅でした。今朝帰りました。
スリランカの面積は北海道よりやや小さく、1972年にイギリスから独立。ポルトガルやオランダにも支配されていた歴史があります。主な産業は紅茶と宝石。日本から9時間で着く。
どのホテルもプール付きでした。プールの外はインド洋です。
1日目ジェットウィングホテル ネゴンボ
そして夜はブッフェ。こんな感じです。
夜遅くまでダンスと音楽が鳴っていました。
南西の海辺、首都コロンボから、中央のシーギリアまで車で3〜4時間。
2日目はジープに乗りミンネリア国立公園へ。
こんなにいるけど野生の象です。
今回のホテルは。アリヤホテル(シギリヤ)
階段を上ると開けた視界に広いフロント。
プールも大自然の中です。
3日目はシーギリアに。昔、岩山の上に豪華な王宮がありました。
めっちゃ怖いんですけど。手すりがスリランカ製ってこともあり・・・
ちびも自力で登りきりました。途中までは地元のお姉さんに手をつながれ、1番怖い所は勝手にガイドが手を取り登りきりました。チップを請求されたけど「そっちが勝手にやってんだろう」と応じませんでした。それが祟ったのか後日ちびに災難が・・・
もっと怖い所はカメラを持てず写せません。ちびを口実に登るのやめようかと思ったぐらい。
父を殺し王の座についた王子は平民の母から生まれ、腹違いで王族の母を持つ弟からの復警を恐れ、狂気ともいえる城を築いた。
世界のあちこちにそんな建築物は多いだろう。狂人の強靭な精神力がなければ『ことはなし得ない』かもしれない。
この後、ちびご希望の象に乗り、中央の古都キャンディに移動します。
人生初の・・・
チャン チャ チャ〜ン
チャン チャ チャ〜ン
チャン チャ チャン チャ チャ〜ン
よく行く人はどこに向かっているか分かるでしょう。先日行ってきました!
人生初のディズニーランド!ちびだけじゃなく私もです。(まさか私が・・・)
最高気温36°予想の猛暑の中、駅からダラダラ歩くちび。
最初に海賊の乗り物乗ったあと「もうお家に帰ろう」って (おいおいっ)
でも妻の友達家族のお姉ちゃんに手をつながれ、待ち時間も平気そうでした。
『わぁ〜綺麗なドレス!』
『20〜30万ぐらいならボクが買ってあげるよっ!』
豊島園ではフリーパスを無くし(妻が)諦めたメリーゴーランドも乗りました。
夕方には綺麗な雲。
3〜4時には飽きるな、と思ったら夜のパレードまでいました。
(ブタの顔が怖い)
ジャングルを進む船とか,西部の列車(乗り物名が分からない)は喜んでいました。
暗い建物内の乗り物より、トムソーヤの島で走り回る方が楽しんでいました。
私もクマのプーさんの乗り物には感心しました。
飽きたら読もうと思った本も広げないまま。
混雑を避けあきらめた花火も、駅で晩御飯を食べ終えた後にあがるのが見えました。
(は〜やっとビールも飲めた)
今日、夜の教室は台風のせいか韓国から来た体験の方が1人です。
あの夕陽
っていう小説があり良かったな。
今日は恩師の教室展を見たあと、工房に戻り少し仕事。
夕陽が綺麗なことに気がつきました。
工房の窓から。
仕事に戻った数分後、もっと赤くなりました。
あの夕陽は、東南アジアに行った記者の話だっけ?淡々してたけど引き込まれました。
実家に帰ることもなくなり、読書の時間も2日で15〜20分ぐらいです。
先日、表参道のタリーズで本を読んでいたら
1つおいた隣で建築の打ち合わせをしていました。
「蔵のような建物にステンドグラスを入れたい」
その1言に、もう読書には集中できませんでした。
ステンドグラスという言葉が出るたびに、心臓はどきどき。
名刺を差し出しながら「実は近所でステンドグラスの仕事をしています」
どのタイミングでそう言おう。過去にこんなシチュエーションを夢想したこともあったかも。それが現実に隣でステンドグラスを欲しがっている人がいる。運命的な出会いだ!
でも私が取った行動は、胸のポケットに名刺を入れたまま、横を通り過ぎてしまいました。
チャンスはつかまないと巡ってこないのにね。
もう1〜2ヶ月前のことなので、偶然のアドバンテージに頼らず,公平な目で見た時に選ばれる工房ではなかったってことかな?
もっと多くの実績を積まなくては選ばれないと感じました。
わたなべゆうさんの絵
先日、西千葉のギャラリーで絵を購入しました。
絵の雰囲気はいつもとは違う感じでした。
同系色でまとめられて、空想的な絵でした。
気に入ったものも周りにおいておくと、気持ちも落ち着きます。
わたなべゆうさんの絵は、私が工房を始めた頃に出会い、璃房設立にも少なからず影響しています。過去のブログ「サイン」に書いてあります。
サインにある写真は当時お隣で年代物のマンションでした。レトロな車も古い建物に似合っています。長く使わないと味のでないものもあります。
話はそれますが、組み立て式の家や、合板でできた家具などは長く使えるのかな?
『代々にわたって生の重要な伴侶だった耐久的な制作物が、大量生産のたんなる消費材になったとき、現代人は本当の落着きを失ったのだという説を、なにかの本で読んだことがある』という本を読んだことがあります。
その本には『これは一生ものだ』と精魂を込めて制作した名品が昔はあり、使う側も一生使うつもりで思い切って最良の品を買い大事に使った。とも書いてあります。
自分に当てはめ、たまには心の軌道修正していかないと、簡単に物を作り過ぎてしまう。
そんなことを感じました。
プロフィール

五味理
ステンドグラス制作や教室のこと、日々のこと
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